4. 甘味処へようこそ。

本丸の一室。紅葉が窓から差し込む静かな空間で、歌仙兼定が机に向かい、筆を手に取っていた。墨の香りが漂う中、彼は集中して一筆、丁寧に書こうとしていた。だが、彼の背後から小さな足音が近づいてくる。

「歌仙……」小さな声で呼びかけたのは、主である白玉だった。彼女はそっと歌仙の服の端を掴み、くいくいと引っ張る。どうやら構ってほしいようだ。

歌仙は少し苦笑しながら振り返り「やれやれ、主か。すまないが、今は少し集中しているんだ」と言い、再び用紙と向かい合う。

しかし白玉は諦めることなく、歌仙の服をさらに引っ張ったり、彼の髪の毛をふわふわと触り始めた。髪をモフモフとされるたび、彼の集中は少しずつ削がれていく。


暫く経っても状況変わらず、歌仙はふと諦めたように筆を置き、静かに息をついてから微笑んだ。「一緒に習字でもしてみるかい?」と優しく提案する。

白玉の顔がぱっと明るくなり、嬉しそうに歌仙の横にちょこんと座った。歌仙は新しい筆と紙を用意し、白玉の手をそっと取りながら、ゆっくりと筆の使い方を教え始めた。

「まずは筆をこう持って……そうそう、ゆっくりと動かしてごらん」

二人で並んで墨を引き、白玉の稚拙な筆遣いに歌仙が時折微笑みを浮かべる。


白玉が筆を動かしながらぽつりと、「……習字、楽しい……」とつぶやいた。

歌仙はその一言に少しだけ驚きつつ穏やかに「そうか、それは何よりだ。折角だから、主の好きなものを書いてみたらどうだい?」と答えた。

すると、白玉は新しい用紙に変え、筆を握り、真剣な顔つきで書き始める。そして、彼女が書き上げたものを見て、歌仙は思わず目を細めて微笑んだ。

そこには、しっかりとした筆致で「わらびもち」と書かれていた。

「なるほど、主はわらびもちが好きなのだね」と、歌仙はくすっと笑いをこぼす。白玉は照れたように、けれど少し誇らしげに頷いてみせた。

「ふふ……それなら、今度みんなで和菓子屋にでも行ってみようか」

思えば、本丸の者たちも甘いものには目がない者が多い。白玉の可愛らしい作品を眺めながら、和菓子屋でわらびもちを囲む光景を想像し、歌仙の心はふっと和らいだ。


そこへ、軽やかな足音を響かせて鯰尾がやってきた。歌仙と白玉が習字に取り組んでいるのを見つけると、鯰尾は目を輝かせながら近づいてきた。

「わあ、楽しそう!俺も習字やってみたい!」と、元気いっぱいに声をあげる。

歌仙は、やや驚きつつも微笑み、「そうか、鯰尾もやってみたいのだな。ならば、君にも筆と紙を渡そう」と頷いた。

「ありがとう!」と鯰尾は嬉しそうに筆を握りしめると、勢いよく紙に向かって書き始めた。筆を力強く走らせ、やがて書き上がった文字に満足げな笑顔を浮かべる。

歌仙と白玉がその書いた文字に目をやると、そこには大きく「大福」と書かれていた。鯰尾は誇らしげに「どう?俺、結構うまく書けたでしょ?」と胸を張る。

歌仙はその文字に目を細めながら微笑み、「ふふ、確かに立派な『大福』だな。君らしい、素朴で温かみのある選び方だ」と穏やかに褒めた。

一方で白玉は、「大福……おいしそう……」とぽつりと呟き、思わず笑みを浮かべる。

鯰尾はその反応に嬉しそうに「だよね!やっぱりお菓子はいいよね!!」と言い満面の笑みを浮かべた。

すると、にっかり青江や村正も部屋に入ってきた。青江はにっかりと微笑み、「おやおや、何だか楽しそうだね」と声をかけた。「ふふ……僕も少し書いてみようかな。」青江が楽しげに筆を手に取ると、村正も「ワタシもぜひ書きたいデス…huhuhuhu」と妖しい笑みを浮かべ、並んで筆を持った。

まず、青江が筆を滑らせ、さっと書き上げたのは「羊羹」の二文字。「どうかな?この言葉には、しっとりとした甘さと落ち着きがあるだろう?まるで夜の月明かりのような……」と、何とも不思議な例えをつけ加えた。鯰尾はそれを見て、「さすが、にっかりさんだ!!」と感心する。

一方で村正は青江の書いた「羊羹」にちらりと目をやり、「ふふ……ならば、ワタシはこれを」と筆を走らせた。書き出されたのは「蜜柑餅」という文字。村正は満足げに目を細め、「この言葉には、鮮やかな甘さと少しの酸味が……まるで誘惑の味そのものではないデスか?」と、自信満々に言い放つ。

白玉は、にっかりの「羊羹」と、村正の「蜜柑餅」の文字を見比べ、きょとんとした顔で「……おいしそう」と呟き目を輝かせた。

鯰尾は歌仙を見上げ、「歌仙さんは何が食べたいですか?」と尋ねた。彼の瞳は好奇心に輝き、どんな和菓子が出てくるのか期待に満ちている様子だ。歌仙はふと考え込む素振りを見せた後、「ふむ……そうだな。せっかくだし、ここは習字で答えようか」と筆を手に取り、静かに紙に向き直った。

さらさらと流れるように筆を走らせ、やがて書き上げた文字をみんなに見せた。そこには優雅な筆致で「抹茶ぜんざい」と書かれている。

鯰尾は「おお、さすがは歌仙さん!『抹茶ぜんざい』!チョイスが渋い!!けど、美味しいですよね!」と感心したように声を上げる。歌仙は満足げに微笑み、「抹茶のほろ苦さと、ぜんざいの甘さ……それぞれの味わいが絶妙に調和するのがいいのだよ」と静かに語る。


それぞれが習字で書いた「わらびもち」「大福」「羊羮」「蜜柑餅」「抹茶ぜんざい」の用紙は、皆の作品として丁寧に並べられ、一枚一枚が見えるように広げられていた。青江が「ふふっ、和菓子のメニュー表みたいだね」と微笑み、歌仙もその洒落た表現に思わずくすりと笑った。

その後、「せっかくだから」ということで、皆で書いた和菓子の名前を廊下の壁に飾ることにした。鯰尾は「いいね!これなら、いつでも此処は『甘味処』だ!!」と言って喜んだ。

にっかりは「ふふ、訪れる者がこの和菓子ギャラリーを見たら、きっと心温まるだろうね」と少し冗談めかして言い、村正も「甘美な誘惑の世界へようこそ、というところデスねぇ…」と微笑んだ。

こうして、5枚の用紙が飾られた廊下には、ほんのりとした甘い空気感が漂うようになった。みんなにとっての小さな癒しの空間となり、長く愛されることになるのだった。

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