6. 2月の寒い日のこと
二月の冷え込みは、一際厳しかった。
本丸の庭には、昨夜降った雪がうっすらと積もり、朝の光を浴びてきらきらと輝いている。しかし、その美しさを楽しむ余裕などないほどに、空気は凍てついていた。
白玉は、居間の隅で膝を抱えている。袖の中に手をすっぽりと隠し、じっと動かずにいるのは、少しでも寒さを和らげようとしてのことだった。
そんな主の様子を見かねたのか、鯰尾藤四郎が駆け寄ってくる。
「主、大丈夫?」
「……寒い……」
ぽつりと呟く白玉の声は、どこか儚げだった。
「なら、俺がぎゅってする!」
鯰尾は白玉の隣にぴたりと座り込み、そのまま軽く抱きしめる。白玉の肩を包み込むように寄り添うと、彼の体温がじんわりと伝わってきた。
「どう?少しはあったかい?」
「……ぬくい……」
「よかった!」
鯰尾が嬉しそうに微笑んだ、そのとき───
「……ふふっ、これはこれは、心温まる光景ですねぇ」
背後から、にっかり青江の艶やかな声がした。彼は微笑を浮かべながら、白玉の前に屈み込む。
「でも、どうせならもっと大胆に温めてあげたほうがいいんじゃない?」
「……もっと?」
白玉が小首を傾げると、青江はにこっと笑い、そっと手を差し出した。
「君、手を出してごらん?」
「……?」
少し迷いながらも、白玉は袖の中から冷え切った手をそっと差し出す。青江の手がそれを包み込むように握ると、そのぬくもりがじんわりと伝わってきた。
「ほら、冷たい……こんな手じゃ、書物を読むのも大変でしょう?」
「……そう……」
「なら、こうやって温めないと」
青江は白玉の指を一本ずつ、丁寧に擦りながら温めていく。その仕草はまるで、壊れ物を扱うように優しかった。
「ふふ……少しは温まりましたか?」
「……うん……」
白玉が静かに頷くと、青江は満足げに微笑む。
「なら、もっと温まる方法を試してみませんか?」
そう言った瞬間───
「……どうかしましたか?脱ぎまショウか?」
ひっそりと背後に立っていた村正が、艶めかしく微笑んだ。
「いえ、いえ、村正、それは違いますよ……」
「しかし、温まるためには肌と肌の触れ合いが一番デス!」
彼は着物の襟に手をかける仕草をしながら、妖艶に微笑む。
「……村正、それはやめておいたほうがいい」
冷静な声が響いた。振り向くと、歌仙兼定が腕を組んで立っている。
「主に無理をさせるのは風流ではない。もっと上品に温まる方法を考えたほうがいいんじゃないか?」
「では、どうするのデスカ?」
村正が首を傾げると、歌仙はすっと懐から包みを取り出した。
「こういうときは、温かい飲み物に限るだろう。用意しておいた、梅昆布茶だ」
「……梅昆布茶……」
「塩気があるから、寒い日に飲むと体の芯から温まるぞ。さあ、飲んでみるといい」
白玉は茶碗を受け取り、ゆっくりと口をつける。梅の酸味と昆布の旨味がじんわりと広がり、冷えた体が内側から温められるようだった。
「……あったかい……」
「ふふ、よかった。風流だろう?」
歌仙は満足げに微笑んだ。
こうして、本丸の主は刀剣男士たちのささやかな温もりに包まれ、少しずつ寒さを忘れていくのだった。
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